自己紹介



窯ぬしの自己紹介のようなもの



その1

 焼き物を始めて意識したのは小学校低学年の頃だと思う
当時 自宅の風呂は薪で焚く風呂で 風呂焚きは私の仕事だった
何がきっかけだったかは定かでないが  近くの田んぼで取ってきた土を丸め小さなうつわを作った
今にして思えば初心者がよくつくるぐい飲みのような肉厚の うつわであったと思う 乾燥させる事は知っていたらしい
  風呂焚きをするときにその*作品*を焚き口にいれ 焚き終って 取り出してみたら半分うすぐろく 半分植木鉢のような色をした *作品*がでてきた
 そういえばあの風呂窯はイソライト製だった!

 20代の頃 まだ焼き物など全く興味など無かったが たまたまたち寄ったデパートで 加藤唐九朗の作品展が開かれていた 初めて「紫におい」とゆう茶碗が展示されたときである
 唐九朗なんて知らなかった が中に入ってみた  大きな皿になまずが勢い良く描かれた皿がおもしろかった 肝心の「紫におい」はつまらなかった 今もその評価は変わらない


 アウトドアライフにあこがれていた 日曜大工も好きだった
 子供たちが保育園に通う頃 三重の大安町に日曜大工で小屋を 建てはじめた
 とてもしんどくて でも楽しかった 4年楽しんだ まだ仕上がっていない小屋の中で泊まりながら夕飯のおかずに サンマを焼いて 乗せる皿が無いことにきずいた
 ベニヤ板に電話帳 のページを破いて乗せたがあじけなかった

 「サンマ皿でも作ってみるかー」

かくして泥沼にはまりこむことになってしまうのである



その2

平成7年頃だったと思う、名古屋の栄にある陶芸教室に入会すると同時に、陶芸の本を2冊買い求めた。1冊はごく普通の陶芸の入門書で、色々な作品の作り方が書いてあった。
もう1冊は「宮川愛太郎」という著者の「陶磁器」という本である。
この本は1959年に第1刷が発行されていて、私の手元にある本は1995年、37刷という超ロングセラーで、今でも私にとってはバイブル的な本であり時々お世話になっている。

この本がいけなかった!
大して厚くもない本なのだが、その内容たるや、すごいのだ。
何せ今のように陶芸用品を扱う店が一般的には無い時代の本なので、すべてが自分で手作り出来るように書かれてある。土も、釉薬も、上絵の具も、窯も、もちろん成型の技法も。
おまけに七輪陶芸の技法まで紹介してある!

で、はじめてしまったのです。何もかも手作りの陶芸を。

続きは気が向いたら……


その3 (12月10日)

通い始めた陶芸教室は週1回、9回で1区切りになっていた。
毎土曜の朝、自宅から歩いて栄まで通ったのだが約4キロあるので良い運動にはなった。
多くの陶芸教室が多分そうであるように出来ることは成型と釉がけまでで、それ以外にたくさんあるはずの焼き物に関する作業は当然経験できない。
それなら自分で経験してみようということで、まず手始めにしたことが土の採取、
つまり唐九朗ふうに言えば、「土泥棒」。
(悪に手を染めてしまった)
 手近な所に[瀬戸]とゆう,粘土の大産地がある、そういえば中学の時に、化石採集のために自転車こいで粘土鉱山の横を走った覚えがある。

日曜日、足元固め背にはリュック、中には小さなシャベルとビニール袋。
瀬戸の駅に降り立ち、まずは市内見学でもすべえかと川沿いにある陶器店をひやかしながらあるく。
小さな陶器工場のあいだの道を登ってゆくとやがて峠になり大きな露天掘りの粘土鉱山が見えてくる。
こそこそともぐりこみ、これはと思う土(全くの初心者の癖に!)をビニール袋につめリュックにどっさりと入れて持ち上げ、そして、半分ほどに減らすことにした。
この土を自宅で台所のステンレスざるでふるい、水を加えて練ってみるとなかなか具合が良い。粘りがある、ウム、これはつかえる。ねかせておこう。てな具合にやってました。

さて窯ですが七輪でも焼けると書いてあったので近くのホームセンターで七輪を2つ買いました。
でも意外と小さいなあと思い、もう少し大きいものがないかな、なんて考えているうちに瀬戸の陶磁器専用のゴミ捨て場で耐火断熱レンガの廃棄されたものを見つけたのです。
窯を壊して作り直したときに出たらしい古いレンガです。これを拾って帰りモルタルなどの汚れを削り取って積んでおきました。
(最近知ったのですが耐火断熱レンガは雨に当ててはいけないらしいですね。耐火煉瓦も)
20リットルのオイル缶をもらいその内側に耐火断熱レンガを張れば大きめの七輪が出来るじゃないか!! 

こうして第1世代の八輪窯が誕生するのです

続きは気が向いたら

その4

薪で焚く窯も欲しいと考えていました。理由は簡単、窯のカタログを見てガスや灯油窯の値段を知り、何十万もする窯を買う気にはなれなかったのです。
名古屋市内にある陶芸用品の販売店に行きこんな薪窯を作りたいのだがと相談をしたら、「99%失敗されるでしょう」といわれてしまった。
「そうゆう相談はたくさんされるのだが殆ど失敗してみえます」とのこと
おいおいそんなに難しいのかい、薪窯は。

大安町の工房へ行く途中に多度を通ります。員弁に入ったばかりのあたりにいつも立ち寄る喫茶店が有りました。
ある日その店の手前の信号で止まると、近くの屋敷の隅で窯だしらしきことをしていたのです。
喫茶店の駐車場に車を入れその屋敷を訪ねてみました。まさしく窯だしの最中でした。
結構大きな穴窯でアマチュアさんの手作り窯です。色々話をして1冊の本を紹介していただきました。
信楽に住む陶芸家『古谷道夫」さんの書かれた穴窯の作り方や焚き方の書かれた本です。この本を読んでいたら何とか自分にもできそうな気がしてきたのです。
99%の失敗とゆうことは1%の成功があるとゆうことじゃないか!
さいわい「宮川愛太郎」の本には窯の設計の基本になることが書かれています。さっそくラフスケッチを描き始めました。といっても今考えてみるととても温度は上がらないひどいものですけれど…。
何十枚も書いているうちにだんだんそれらしくなり、窯の作り方の基礎も理解できるようになって来ました。
半年ほど過ぎていました。
八輪窯はすでに作っていました。耐火断熱レンガをスライスしてオイル缶の内側に貼り付け棚板の破片でさなを作り木片やら木炭、コークス、とりあえず焚いていました。
木では温度が上がりませんが木炭とコークスを併用すると温度が上がりなおかつ火持ちがいいことが分かりましたのでしばらくこれで焚いていました。
始めは楽焼釉をかけ焼いていました。湯のみなど焼いたり、真っ赤に焼けた湯飲みをとりだし、いきなり水の中に掘り込んだりして遊んでいました。以外と割れないものですね。

そして季節が暖かくなり始めた頃、薪窯作りに突入!!

続きは気が向いたら



その5

薪窯を作るにあたっての幾つかの目標というか、自分で決めた条件があった。
一人で焚き上げることのできる時間で終われること。
内容量は大きすぎないこと。
煙が出にくいこと。
窯自体がコンパクトなこと。
燃費が良いこと。
基本的にさやを使わなくても釉薬を掛けたものが焼けること
こうなるとまず穴窯タイプは除かれる。登り窯も大きすぎてだめ!
てっぽう窯とか大窯とか呼ばれる窯も削除されてしまう。
後はかわら窯くらいしか残らないがこれは比較的低温で焼く窯になってしまう。
ではどうしたらいいか?

薪窯以外の固形燃料である石炭を燃やす石炭窯がある。これは日本でも比較的最近まで使われていた。しかも高温を得られるタイプの窯である。そこで、かわら窯と石炭窯をミックスしたような図面を引いてみた。
出来上がった図面を見ていると何となく焼けそうな気がする。(何の根拠も無いのだが)
これ以上考え込んでいてもことは進まない。図面にしたがって整地をし、窯の基礎になる回りをブロックで囲み、その中を突き固める。
コンクリートを練り流し込み、1番下のレンガを並べはじめた。

安く仕上げるためには労をいとわないタイプの人間である。
たとえその労働時間をお金に換算したらかえって高くつくことになっても…。
で、何をしたかというと瀬戸や常滑の陶器専用のゴミ捨て場にかよったのである。
そこには廃棄された耐火煉瓦や棚板、枕レンガと呼ばれる大きな電気炉用の耐火断熱レンガなどが捨てられていた。
(今頃行っても入れないよー)
せっせと車に積んで持ち帰り、モルタルを削り取って積んでおいた。
それだけではレンガが足りなかったので瀬戸でレンガを作っている工場へ行き100個ほどと、長2丁と呼ばれる2本分の長さのあるレンガや耐火モルタルなどをわけていただいた。
とても気持ちよく分けていただけたのだが、今はもう廃業されてしまった。

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その6

かきあつめたレンガを設計図にそって並べてゆく作業はとても楽しい。
時として暗くなるまで続けてしまう。
そして、屋根のアーチが出来た時にはもう完成したような気分。
でもまだ煙突などたくさんやらなければいけないのだが。
常滑の陶器屋さんで土管を5本買い煙突にしてその回りを鉄板製の筒で囲み土管と鉄板の間に砂を流し込んで補強したり窯の内部の構造を造作したり…。
完成までに4か月ほどかかったか、もちろん休みの日だけだが。

薪のほうも集めていたが幸運なことに知り合った老人から、松の伐採したものが山ほどあるから欲しいだけ上げるよと言われついていくと、それこそ山になっていた。
車で10回ほど往復して4〜5トンほどがただで手に入ってしまった。これを薪にするのに一苦労もふた苦労もするのだが…。

窯が出来ても焼く作品が無くてはどうにもならないので暇を見つけては作り貯めていた。
窯のテストをかねて始めて素焼きをしたのは9月頃だと思う。
薪窯を焚いた事など皆無、見たことさえなかった者がいきなり一人で窯焚きをする。しかも自作の窯で…。
考えてみれば危険なことかもしれない、火事だけは絶対出せない。
バケツをかき集め、水を入れて用意し、お神酒と塩を供え、神頼み、
失敗しても火事にはなりませんように…。

そして焚き口に 火をつけた


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その7

結果から言うと、あっけなく素焼きは成功してしまった。
7時間ほどでおよそ800度ほどまで上がった。
使用した薪はおよそ150キロ、ずいぶん効率の良い焚きあがりだなあと思う。
とりあえず、素焼きまでの温度は上がることがわかったのでつぎは本焼きであるが、まだ釉薬がこさえてないので本を見ながら材料を集め始めた。
木灰、鬼板などはそこらで拾い集め、長石と3号釉(石灰釉)は30キロの袋で買っても3000円ほどで安いなあなんて思った。
他に酸化金属などもいく種類か買い求めた。
マンガンは乾電池をばらしてほじくりだしてビンに入れておいた。(使わなかった)
さて、次はこれらの材料をポットに入れて磨砕しなければいけないが、ポットミルは10万近い。
自作することにした。そしてポットだけ買った。
何とかなるもので今でもそのポットミルは健在である。
幾種類かの釉薬らしきものを調合し、釉がけ、本焼きのできるようになったのは年を越した冬だった。

みぞれまじりの冷たい風の吹く悪天候の中1人で焚き始めた。
朝焚き始めて、予定では24時間プラス、マイナス4時間。一人ではそれが限界だろう。
暗くなる頃には素焼きの温度程度には上昇していた。

やがて静かな夜が訪れる。

焚き口に向かい、ゆれる炎と木のはぜる音だけの世界になる。

未体験の感覚

窯焚きっていいぜ!

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その8

初窯はめでたく焚き終えて、そして、焼きあがっていた。
自家製の釉薬たちも何とか溶けている。
作品のレベルはどうあれ自作の窯で焼き物が焼けた!
「99%失敗されるでしょう」などといった陶芸ショップの店員の言葉はつまり、窯を買ってもらいたかったからじゃないか、とかんぐってしまう。
第1作目の薪窯は成功。後は少しずつ成型や、釉薬のレベルを上げてゆけばいいのだ。
どうも、この頃から私は「焼き物」より、「焼くための物」を作るほうが楽しかったようだ。
そのせいか、いまだに作品のレベルはちっとも向上していない。

まあこんな陶芸もあってもいいじゃないか。

続きは気が向いたら


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