お遍路日記

お遍路に出ているとほんの何気ないものにも感動したり目が行ったりする。
四国の電車は遊び心があるのかアンパンマン列車や車内に鯛やひらめの絵が描かれていたりする。

こんな何気ない風景も琴線にふれる。
ここは橋の下。ござを貸しますが面白かったが気持ちよく野宿できる雰囲気ではなかった。弘法太子は暖かそうな布団の中でオヤスミのようである。

雨の日はしんどい。休息するにも適当な場所はなかなかない。ここは道の駅、トン汁が無料で配られていたがお遍路さん向けではなく観光客用である。私も頂いたけど・・・。
昭和30年代を思わせるお遍路宿。天井には背の低い私でも手が届くほど低く床は歩くとゆれる。
廊下は一階の天井で下の明かりが漏れてくる。部屋に置いてあったテレビはチャンネル式でおまけにアンテナ線が配線してなくてマッタク映らなかった。


湿気を帯びたガスがかかっているものの雨は朝方になってやんでくれた。雨が降った後、『雨が降っていない』ことのありがたさというものがとても感じられる。
とても整備された遍路道、と思われるであろう。しかしとんでもない話で濡れたグリ石の斜面はとてつもなく滑りやすい。ここを設計した人は歩いたことがないのじゃないかと思ってしまう。
岩屋寺の岸壁の穴に登って手を振る子供は先ほど少し話したばかり、カメラを向けると気が付いて手を振ってくれた。
こんな信心深い人もいる・・・

県道を歩いていたら車が近寄ってきてアイスボックスに入れたお茶を接待してくれた。ホントはコーヒーの方がよかったけれど(^^;

結構標高の高いところまで上る。桜の花も地域差より標高差の方が影響している。

キャンプ(遍路の場合は野宿という)したところ。片付けも終わって出発準備よし。昔、村の水源だった設備が右端の方にあるがもう使われなくなって久しいようだ。

お遍路の墓だろうか、石碑はまだ新しいが未だ名もなく行き倒れる遍路がいるのだろうか。

気持ちよく掃き清められた境内。

今日は雨、のんびり行こうではないか。もうすぐ道後温泉、部屋で乾かして温泉にでもつかりに行こう。

結果、道後温泉は行かずじまい。歴史ある温泉はすぐそばだったが入ったビジネスホテルが実にゆったりとした部屋の作り。どうもラブホテルだったものを改装したみたい。ホテルの周りはこんなに環境のいい場所だった。
そして三度目の野宿。漁港の入り口に近い小さな林の中。辺りが薄暗くなった頃テントを設営。
時々船が出入りするほかは実に静かである。外に出れば瀬戸内の海の向こう、本州の山並みに日が沈む。う〜む、いい場所だ。
と感じたのは7時頃まで。冷えてくると海に向かって強い山風が吹き始めテントを飛ばされそう。まあ山岳用テントだから風には強いのだが・・・。
そしてうとうとし始めた九時頃か、みなとの漁船のエンジンがかかりすぐそばを通って海に出てゆく、次々と。寝れないなあ・・。やがて静かになった。そして眠りに付く・・・。
いきなりエンジン音で目が覚めた。船が帰り始めたのだ、時刻はまだ12時少し過ぎ。それから明け方まで次々と出入りするエンジン音で休めない。昼間静かな漁港は夜が戦場なのだと気づいたときはもう手遅れ。おかげで朝は5時起床、テントを片付け背に荷物を担いだのは6時前だった。
予定していた帰りの列車よりはやいのに乗れてしまった。これも弘法太子のご配慮か〜・・・。
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